高齢の方が転倒して股関節まわりを強く打ったときに注意が必要なのが、「大腿骨頸部骨折」と「大腿骨転子部骨折」です。これらは寝たきりのきっかけにもなり得る、非常に重要な骨折です。
この記事では、整形外科医の立場から、どのような骨折なのか、どんな手術になるのか、手術後いつから歩けるのか、リハビリや再発予防のポイントまで、わかりやすく解説していきます。
大腿骨頸部骨折・転子部骨折とは?
大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)と大腿骨転子部骨折(てんしぶこっせつ)は、いずれも股関節の近くで起こる大腿骨の骨折です。高齢者が転倒したときに非常に多くみられます。
どこが折れる骨折なのか
大腿骨は、骨盤とつながる「骨頭」と呼ばれる丸い部分と、そこから少し細くくびれた「頸部」、そして外側に出っ張った「転子部」という構造を持っています。
- 大腿骨頸部骨折:股関節のすぐ内側(関節の中)にある「頸部」が折れる骨折
- 大腿骨転子部骨折:股関節の外側(関節の外)にある「転子部」が折れる骨折

わずか数センチの違いですが、血流の状態や骨のつき方が異なるため、手術方法も変わってきます。
なぜ高齢者に多いのか
高齢者にこれらの骨折が多い主な理由は次の通りです。
- 骨粗鬆症(こつそしょうしょう)により骨がもろくなっている
- 筋力低下やバランス機能低下で、転びやすくなっている
- 視力低下や薬の影響でふらつきやすい
そのため、若い人なら大きなケガにならないような転び方でも、高齢の方では股関節まわりの骨折に直結してしまうことがあります。
起こりやすい原因と典型的な症状
転倒による発生がほとんど
大腿骨頸部骨折・転子部骨折は、ほとんどが立位や歩行中の転倒で発生します。
- トイレや浴室での転倒
- 夜間にトイレへ行く途中でのつまずき
- 段差や敷物に足を取られて転ぶ
特に夜間は、足元が暗いことや眠気の影響もあり、注意が必要です。
骨折したときのサイン
次のような症状がある場合は、股関節まわりの骨折が強く疑われます。
- 股関節や太ももの付け根に強い痛みがある
- 痛みで立てない、歩けない
- 足を上に持ち上げられない
- 足先が外側にねじれた状態(外旋位)になっている
「しりもちをついたけれど我慢していれば治るだろう」と様子をみる方もいますが、無理に歩こうとすると骨折が悪化する可能性もあります。早めの受診が大切です。
診断方法と治療方針
レントゲンやCTで骨折部位を確認
病院ではまずレントゲン撮影を行い、骨折の有無や場所、ズレの程度を確認します。骨折線が分かりにくい場合や詳しく評価したい場合には、CT検査を追加することもあります。
保存治療が難しい理由
大腿骨頸部骨折・転子部骨折は、多くのケースで手術が必要になります。その主な理由は以下の通りです。
- 大腿骨は太くて荷重がかかる骨であり、ずれたままでは自然に元の位置に戻りにくい
- 股関節まわりは血流が限られており、ずれた骨同士がくっつきにくい
- 高齢者では長期間の安静が、肺炎・床ずれ・認知機能低下などを招きやすい
そのため、早期に手術を行い、できるだけ早くベッドから起きてリハビリを始めることが重要です。
骨折のタイプ別:手術方法の違い
大腿骨頸部骨折の手術(人工骨頭挿入術)
大腿骨頸部骨折は股関節の内部で折れるため、骨頭への血流が途絶え、骨がくっつきにくい・壊死しやすいという問題があります。そのため、高齢者では多くの場合、次のような手術が選択されます。
- 人工骨頭置換術:折れた骨頭を取り除き、金属などでできた人工の骨頭(骨の先端)を挿入する手術

この手術のメリットは、以下の点です。
- 骨がくっつくのを待つ必要がないため、術後早期から体重をかけて歩ける
- 痛みが軽減しやすく、リハビリを進めやすい
一方で、人工骨頭はあくまで人工物であるため、将来的な摩耗や脱臼のリスクもあり、注意深い経過観察が必要です。
大腿骨転子部骨折の手術(骨折観血的手術)
大腿骨転子部骨折は股関節の外側で起こる骨折で、骨への血流は比較的保たれています。そのため、多くの場合は骨を温存して金属のスクリューやプレートで固定する「骨折観血的手術」が行われます。
代表的な方法としては、
- ガンマネイル(髄内釘)固定術
- DHS(Dynamic Hip Screw)固定術

いずれも骨の中または外側から金属の棒やネジを入れて固定することで、骨がくっつくのを待ちながらも早期から歩行練習ができるようにする手術です。
手術後はいつ歩ける?リハビリの流れ
術後1〜3日:立ち上がりと歩行練習
多くの施設では、術翌日もしくは翌々日から、リハビリスタッフとともに次のような練習を始めます。
- ベッドからの起き上がり
- ベッド横に立つ練習
- 歩行器やシルバーカーを使った歩行練習
早期に体を起こして歩き始めることで、肺炎・血栓症・筋力低下・認知機能の悪化などの合併症を予防できます。
術後1〜2週間:歩行安定と筋力回復
痛みが落ち着き、歩行が安定してくると、
- 歩行器から杖への変更
- 階段の昇り降りの練習
- 太ももやお尻の筋力トレーニング
- バランス能力を高める訓練
といったリハビリを進めます。状態にもよりますが、術後2〜3週間前後で自宅退院を目指すケースが多いです。
退院後の生活と再転倒予防
退院後は、病院で行ったリハビリ内容を基に、次の点に注意しながら生活していきます。
- 無理のない距離からの散歩や屋内歩行
- 必要に応じて介護保険を利用した通所リハビリ・訪問リハビリ
- 転倒しにくい靴(かかとの低い、足にフィットする靴)の使用
- 夜間のトイレ動線の見直し(手すり・照明の活用)
「もう骨折したから終わり」ではなく、ここからいかに再転倒を防ぐかが非常に大切です。
再発を防ぐためにできること
骨粗鬆症治療の重要性
大腿骨頸部骨折や転子部骨折を起こした方の多くは、背景に骨粗鬆症があります。骨粗鬆症の治療をきちんと行うことで、将来の骨折リスクを減らすことができます。
代表的な治療としては、
- ビスフォスフォネート製剤
- デノスマブ(抗RANKL抗体)
- テリパラチド(副甲状腺ホルモン製剤)
- ビタミンD製剤・カルシウム製剤
などがあり、骨密度や年齢、全身状態に合わせて医師が選択します。
骨粗鬆症治療について詳しく知りたい方は、骨粗鬆症の検査・治療を解説したこちらの記事も参考にしてください。
転倒しない生活環境づくり
もう一つ重要なのが、自宅や生活環境の見直しです。
- 廊下やトイレ、浴室など必要な場所には手すりを設置する
- 段差をなくす、ゆるやかにする
- 滑りやすいマットや小さなカーペットを片付ける
- 夜間は足元灯やセンサーライトで明るくする
さらに、無理のない範囲での筋トレやバランス訓練(椅子からの立ち座り、つま先立ち練習など)も、転倒予防に役立ちます。
詳しい転倒予防の体操や住環境の整え方は、高齢者の転倒予防を解説した記事もご覧ください。
まとめ:早期手術とリハビリが予後を大きく左右する
大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折は、高齢者にとって非常に大きな転機となる骨折です。しかし、
- 適切なタイミングでの手術
- 早期からのリハビリテーション
- 骨粗鬆症治療と転倒予防
をしっかり行うことで、再び自分の足で歩き続けられる可能性は十分にあります。
ご家族やご自身がこの骨折を経験された場合は、不安な点を遠慮なく主治医やリハビリスタッフに相談しながら、「もう二度と同じ骨折を起こさない」ことを意識して、一緒に対策を進めていきましょう。
参考文献(エビデンス)
- 日本整形外科学会. 大腿骨頸部/転子部骨折診療ガイドライン 第3版. 南江堂; 2021.
- Kannus P, et al. Epidemiology of hip fractures. Bone. 1996;18(1 Suppl):57S-63S.
- Parker MJ, Gurusamy KS. Internal fixation versus arthroplasty for intracapsular hip fractures in adults. Cochrane Database Syst Rev. 2006;(4):CD001708.
- Bhandari M, et al. Fixation Using Alternative Implants for the Treatment of Hip Fractures (FAITH): randomized clinical trial. BMJ. 2015;351:h620.
- Handoll HHG et al. Interventions for treating extracapsular hip fractures in adults. Cochrane Database Syst Rev. 2014;(8):CD000339.
- 日本骨粗鬆症学会. 骨粗鬆症診療ガイドライン 2023年版.
- Haentjens P, et al. Mortality after hip fracture: worldwide estimates. Osteoporos Int. 2010;21(10):1639-1650.
(※一般の方向けに難解な部分は本文で簡略化していますが、内容は上記の医学的根拠に基づいています。)


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